CASE 3

AIによる内視鏡外科手術の
技能評価システムの開発
手術動画をもとにmdx上で技能レベルを判定

内視鏡外科手術は、低侵襲で患者の負担が少ないため、腹部臓器のがんの切除などへの適用が増えています。その一方で、技術的な難易度は高く、外科医には高いスキルが求められます。国立がん研究センター東病院の竹下修由医師は、エンジニアである二ノ宮陽一氏とともに、手術動画から外科医の技能レベルを客観的に評価する「AI手術技能評価システム」を開発するプロジェクトを推進しています。この技術はどのようなもので、mdxをどのように活用しているのか、お二人にお話を伺いました。

Interviewees

TAKESHITA Nobuyoshi 国立がん研究センター東病院 医療機器開発支援部長/スタートアップ支援室長

専門は大腸外科。博士(医学)。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了。国立がん研究センター大腸外科/手術機器開発分野 医員、同センター 臨床研究支援部門 機器開発推進部 機器開発推進室長などを経て、2022年5月より現職。

NINOMIYA Yoichi 国立がん研究センター東病院 NEXT医療機器開発センター運営部委託職員

専門は機械学習。東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。大阪大学産業科学研究所特任研究員を経て2019年より現職。

いかに外科医の技能レベルを維持するか

内視鏡外科手術は、腹部などに1㎝ほどの小さな孔を複数開け、そこからカメラや鉗子、電気メスなどの手術器具を挿入し、体内の映像をモニターで確認しながら手術を行うものです図1。腹部などを大きく切り開く従来の手術と比べて、患者の負担が少なく、傷跡も小さくてすむなどのメリットがあります。その一方で、「内視鏡外科手術は、モニターを見ながら特殊な器具を使って手術を進めていくので、従来の手術よりも難易度が高く、外科医には高度なスキルが求められます。年々、内視鏡外科手術の実施件数は増えており、需要が高まっていますが、外科医の数は減っているという現状もあり、少ない外科医でいかに高いクオリティの手術を維持していくかが課題になっています」と竹下医師は言います。

図1内視鏡外科手術

モニターの映像を見ながら手術を行うため、空間的な把握がしづらく、従来の手術に比べて難易度が高い。

さらに、「手術のスキルが高いほうが、術後の合併症発症率が低くなったり、生存率が高くなるといったデータも報告されており、外科医のスキルは患者さんの臨床経過を左右します。こうした背景から、内視鏡外科手術を行う外科医を効率的に育成するため、客観的な技能評価を行うことの重要性が高まっています」と竹下医師。

日本内視鏡外科学会(JSES)では、2004年度から、内視鏡手術に携わる医師の手術技能を評価・認定する制度を実施しており、2023年度までに約5500人の医師が認定を受けています。しかし、評価のしかたは、熟練の外科医が、審査を受ける医師の手術動画を見て評価する労力や時間のかかる方法であり、トレーニングや技能向上に活用しづらいという課題があります。

mdxは事業化につながりにくいプロジェクトの強い味方

そこで、竹下医師は、AMED(日本医療研究開発機構)メディカルアーツ研究事業(2020~2022年)のプロジェクト(研究代表者は国立がん研究センター東病院副院長の伊藤雅昭医師)において、大腸における内視鏡外科手術の技能評価システムを開発しました図2。竹下医師はこれまでにも伊藤医師のもとで、AIを活用し、手術映像中の対象物をリアルタイムで自動認識して、神経や血管を傷つけないようにナビゲーションを行う手術支援システムなどの開発を進めてきました。そうした技術の蓄積をいかし、AIの技術を活用することで、動画から手術技能を効率的、かつ客観的に評価するシステムを開発したのです。

図2AI手術技能評価システムの開発

3つのステップで行われた。

開発の流れとして、1つ目のステップでは、評価のためのモデルを構築しました。まず、いくつかの評価ツールを参考に学会の指導者とも議論しながら、評価項目を大きく5つのカテゴリー(組織の取り扱い、器具の操作、手術全体の効率など)に分け、さらに、各項目を細分化して、「出血回数」など14のサブ項目を決めました。その上で、国立がん研究センター(以降、「センター」)などが保有する3000~4000の手術動画をAIに学習させることで、各項目についてAIが自動的に評価するモデルを構築しました。

ステップ2では、JSESが保有する手術動画1684例に対する熟練医師による評価結果と、構築したモデルによる評価結果を照らし合わせ、AIによる評価結果が熟練医師の評価結果に近くなるようにパラメータの重みづけを行いました。最後のステップ3では、こうしてできたAI技術技能評価システムの妥当性を検証するため、新しい手術動画に対する技能評価を行い、モデルの精度を高めています図3

「AIに手術動画を学習させる段階では、センター内のストレージや計算資源を使っていたのですが、手術動画は1つにつき約3時間、かつ1秒あたり30フレームくらいあるので、膨大なデータ量と計算量になり、リソースを圧迫していました。外部で使えるリソースがないかと探していたときに、別のプロジェクトの共同研究者の先生から、mdxの試験運用が2021年に始まるという情報を聞きました。そこで、ステップ3の新しい手術動画の評価にmdxを使わせていただくことにしました」と竹下医師は振り返ります。ステップ3で扱う手術動画の本数は400本程度ですが、モデルで評価するためには動画を1コマ1コマの静止画像にして加工するため、データ量は多い場合で1本当たり30GBにのぼります。

図3AI手術技能評価システムによる評価結果のイメージ

各評価項目に対する点数と総合得点が表示され、技能向上に向けたコメントも添えられる。研究段階のため、本人への開示は行われない。

mdxは、このように大量のデータを保存・処理できる点だけでなく、コスト面でも魅力的だといいます。「手術技能の評価システムは学術的には非常に意義のあるもので、学会などでも皆さんに賛同していただけるのですが、日常的に使われる診断システムなどと違って事業につながりにくいため、研究開発予算がつきにくいのです。そうした中で、mdxを使わせていただけるのは非常にありがたいです」(竹下医師)。

AI手術技能評価システムを動かすにはハイスペックなGPUが必要

二ノ宮氏は、mdxを使った感想として、「AI手術技能評価システムのように大規模なモデルを動かす場合、一般的なGPUでは安定して動かないということがあります。ですが、mdxに搭載されているGPUは、メモリサイズが大きく、一度に処理できる計算量も大きいので、安定してモデルを動かすことができました。試用期間中は『このグレードのGPUを無料で使わせていただけるなんて!』と感動しました。有料になった今も手頃な価格なので、引き続き使わせていただいています」と話します。

mdxを使用する際の最初の環境構築については、「ドキュメントが非常に充実していたので、その通りに設定していくだけで、ほとんど苦労することなく使えるようになりました」と二ノ宮氏。ただし、竹下医師は、「二ノ宮さんのようなサーバー構築経験者がいない場合にはmdxのほうで支援していただけるとありがたいです」といいます。また、二ノ宮氏からは、「料金体系※1※1 mdxの利用料金については以下をご参照ください。
https://mdx.jp/guide/charge
が少しわかりにくく、プロジェクト申請の承認時からポイント消費が始まったことに戸惑いました」との感想も。mdxはプロジェクトが保有するポイントがなくても、資源を確保した時点からポイントが消費されるしくみになっているためですが、2023年12月に新規プロジェクトの資源申請およびポイント購入フローを見直し、現在この点は改善されています※2※2 変更内容の詳細は、以下をご参照ください。
https://mdx.jp/news/3102

多臓器に適用できるAI手術技能評価システムの構築を目指す

AMEDメディカルアーツ研究事業のプロジェクトは2023~2025年度も継続しています。今後の展望について竹下医師は、「まず大腸の手術を対象にした評価システムを構築しましたが、泌尿器や肝臓、胆のう、胃、食道、子宮など他の領域にも拡張していきたいと考えています。大腸で作ったモデルが他の臓器にも転用可能かどうか、転用できたとしてどうやって精度を保つかなどを見極めながら進めているところです。他の臓器においても、新しい手術動画に対する技能評価を行うステップでmdxを活用したいと考えています」と話します。

一方、AI手術技能評価システムの活用としては、「外科医のスキルを評価するだけではなく、算出されたスコアが、患者さんの術後の臨床経過とどう相関するかを検証したいと考えています。また、1人の外科医が研鑽を積んでいく上で、トレーニングや技能向上にAI手術技能評価システムを活用できるようにしていきたいですね」と竹下医師。革新的な手術技能評価システムは、世界的にも注目されています。mdxの活用により精度の向上とさまざまな臓器への展開が進むことが期待されます。

取材・構成:秦 千里
撮影:盛 孝大

※1 mdxの利用料金については以下をご参照ください。
https://mdx.jp/guide/charge

※2 変更内容の詳細は、以下をご参照ください。
https://mdx.jp/news/3102