粉体とガラスの本質に理論と数値計算で挑む
mdx利用事例 CASE 13

粉体とガラスの本質に理論と数値計算で挑む

粉体やガラスは工業用材料として広く使われています。しかし、それらの性質がどのような物理的メカニズムで現れるのか、その本質については十分に理解されていません。
豊田中央研究所の大山倫弘 研究員らは、理論研究とmdxを用いた数値計算により、これまで理解が進んでいなかったガラスの動的性質や粉体の静的性質について、新しい知見を得ました。
企業の研究所としてmdxをどのように活用し、研究成果につなげたのか、大山 研究員らに伺いました。
大山 倫弘 氏 大山 倫弘
OYAMA Norihiro
株式会社 豊田中央研究所 
数理工学研究領域 研究員 

博士(工学)。京都大学大学院工学研究科化学工学専攻博士課程修了。産業技術総合研究所および東京大学での博士研究員を経て、2021年より現職。専門はソフトマターの非平衡動力学を対象にした分子シミュレーション。
小山 志穂里 氏 小山 志穂里
KOYAMA Shihori
株式会社 豊田中央研究所 
数理工学研究領域 研究員

博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。京都大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了後、2018年より現職。専門はソフトマター物理学。
原 雄介 氏 原 雄介
HARA Yusuke
株式会社 豊田中央研究所 
数理工学研究領域 研究員

博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。2024年より現職。専門はソフトマター物理学。

ガラスと粉体の性質は本当に似ているのか?


── 粉体とガラスの研究をされているそうですが、両者に共通点があるのですか。

大山:液体を冷やすと原子・分子がきれいに並んだ結晶となります。ただし、原子・分子がきれいに並ぶ時間を与えずに液体を急冷すると、固体になる温度でも液体のままの「過冷却液体」という状態を経て、原子・分子が不規則に並んだガラスとなります。

小麦粉のような粉体も、粒子が不規則に並んだ状態です。結晶は原子・分子がきれいに並んでいるのに対して、粉体とガラスは、原子・分子や粒子が不規則に並んでいるという共通点があり、その性質も似ていると考えられてきました。ただし、何がどの程度似ているといえるのかについての知見は、まだまだ十分獲得できているとはいえないと思います。

ガラスになる過程の過冷却液体は、原子・分子が動けるため「動的状態」だといえます。一方、原子・分子の位置が定まったガラスは「静的状態」です。2010年代中ごろから、ガラスの静的性質の物理的メカニズムを解明する理論研究は飛躍的に進展してきており、私たちもこれまで学生時代や前職の研究員時代から関連する研究に携わってきました。

一方、そうした近年の目覚ましい理論的進展で得られた知見と、ガラスの動的性質や、粉体の静的・動的性質との関係についての研究は、まだまだ発展途上でした。そこで、ガラスの静的性質の解析のために開発されてきた手法を用いて、それらの理論研究を始めることにしました。私がプロジェクトリーダーを務め、粉体の静的性質の研究は小山さんが中心となり原さんと共に進めています。最終的な目標は、粉体の動的性質の物理的メカニズムを理解することです。
図1 本研究のテーマ
図1 本研究のテーマ
ガラスの静的性質についての理解は大きく先行している。本プロジェクトでは、赤矢印で示すように、その解析技術をガラスの動的性質や粉体の静的性質の研究に適用して成果を挙げている。今後は青の矢印で示す方向へ研究を拡張し、粉体を動的に扱うプロセスの理解・設計に資する知見の創出を目指す。
── なぜ粉体の動的性質の解明を目指すのですか。

小山:砂山は粉体の静的状態、砂山を崩して砂が流れて広がる過程は粉体の動的状態だといえます。粉体は電池材料を含むさまざまな分野で用いられ、特に工業的なプロセスにおいては粉体材料を適切に制御することが求められます。例えば、粉体を膜状に均一に塗り広げる工程では、操作に対する粉体の流動挙動の理解が重要です。さまざまな粉体プロセスへの理解に資するため、私たちは粉体の動的性質の解明を目指しています。

これまでの粉体材料の取り扱いは少なからず経験則に頼っているところがありましたが、私たちは物理的メカニズムを理解することを目指しています。現在、新しい材料の粉体を使う場合には、どうすれば所望の状態が実現できるのか、経験則に基づく試行錯誤を重ねて、製造条件を導き出す必要があります。粉体の動的性質を解明できれば、例えば「この材料ならば粒子をこのサイズにすればよい」といった理論に基づく見通しが得られ、条件探索の効率化や設計指針の整理に寄与し得ます。ただし、粉体の動的性質はとても複雑な現象なので、まず静止状態にある粉体がどのような性質を持っているかという静的性質の研究から始めています。


mdxを用いた大規模な数値計算によって理論の検証を繰り返す


── どのようにして粉体の静的性質を調べているのですか。

小山:私たちは「高密度粉体の振動特性」を研究しています。私たちが対象としている高密度な粉体とは、例えば、砂山のように粒子をしっかりと固めた粉体のことで、この状態は固体と見なせます。「振動特性」とは、粉体に力を加えたときに、粉体を構成するそれぞれの粒子がどのように動くのか、という運動の特徴です。例えば、周囲の粒子と同じ方向に動きやすいのか、反対方向に動きやすいのかによって、粉体全体の性質は異なります。この振動特性は高密度粉体に限らず、固体のさまざまな性質を決定づける重要な指標です。

ただし、粉体の理論的な取り扱いはガラスに比べて困難です。なぜなら、原子・分子から成るガラスは比較的単純な相互作用で記述することができますが、粉体の場合は非常に複雑な粒子間の相互作用を持つからです。さらに、相互作用のバリエーションも豊富で、粒子の種類やサイズなどによって大きく異なります。例えば、小麦粉の粉と砂粒では相互作用は異なるはずです。

そこで私たちはまず、粉体に普遍的な「非弾性衝突」の効果だけを相互作用に加えた単純なモデルで研究を始めることにしました。粒子同士が衝突した場合、運動エネルギーの一部が熱などに変わり、運動エネルギーが減少します。それが非弾性衝突です。

── その研究でmdxをどのように活用しているのですか。

小山:私たちの研究では、構築した理論を検証するための数値計算でmdxのCPUを活用しています。数値計算では、粒子に働く力に基づいて個々の粒子の運動を記述する数式を決定し、その数式を数値的に解くことで粉体の運動をシミュレーションします。十分な数の粉体サンプルについて大規模計算を行い、それらを統計解析して得られる典型的な挙動が、理論で記述される粉体の運動と整合するかを検証します。本研究では、非常に単純なモデルについてではありますが、粉体粒子の運動の特徴(振動特性)を理論によって正確に記述できることを示しました図2上段左
図2 mdxを活用した粉体とガラスの性質を解明する研究サイクル
図2 mdxを活用した粉体とガラスの性質を解明する研究サイクル
粉体の本質に
物理的メカニズムから迫るという
未開拓の難問領域に踏み出しました。

── 小山志穂里 氏
小山志穂里 氏

企業利用に必要なセキュリティー要件を確認できたmdx


── なぜ、mdxを導入したのですか。

小山:私たちの研究では、理論検討にかかる期間も長く、その間は計算資源を使いません。ただし、理論を検証するには大規模な計算資源が必要です。そのような用途では、スーパーコンピュータのような物理マシンを導入するよりも、mdxのような仮想マシンを活用する方が適しています。特にmdxでは計算資源の追加や削減を需要に合わせて容易にできることが、私たちの研究用途にフィットしていました。

私たちの数値計算ではCPUを多数用いるため、費用対効果やコストの見通しも重要です。探索的な研究では、検証フェーズによって必要な計算規模が大きく変動します。そのため、初期段階から大規模な固定設備投資を前提にせず、必要なときに集中的に計算資源を確保できる運用が適していました。

大山:当初、民間クラウドの導入を検討しましたが、私たちの用途では費用の見通しが立てにくい点が課題でした。そんなとき、学会でmdxのことを知りました。必要に応じて計算資源を調整でき、コストを見積もりやすいと感じて導入手続きを進めました。2025年度の料金改定でCPUの利用単価も見直され、より活用しやすくなっています。

小山:企業で導入する際、セキュリティー面がネックになることがあります。mdxのセキュリティーについて問い合わせたところ、mdx運用担当者が迅速に対応してくださり、当時の要件に照らして確認を進めていただきました。その結果、当社の利用形態や条件の範囲において要件を満たすことを確認でき、すぐに導入することができました。


粉体は粒子全体が“ウエーブ”のような協調的な運動を起こしやすい


── 粉体の静的性質について、どのようなことが分かったのですか。

小山:静止した粉体は外から力を加えることによって動かすことができます。今回の研究ではこの粉体が動き始めるときの挙動を調べており、研究の結果、高密度粉体を構成する粒子は外から力を加えられたときに周囲の粒子と同じ方向に動き出しやすい性質を持つことが分かりました。スタジアムで観客が周囲の人たちと一緒に立ったり座ったり同じ運動をすることで、“ウエーブ”を起こすことがありますね。粉体も周囲と同じ運動をしてウエーブを起こしやすく、そのウエーブがなかなか消えない性質があるのです。私たちはmdxを活用したこの研究成果を2025年に論文で発表しました図3

原:私は学生のとき、主にコロイドの研究を行い、ガラスとコロイドの共通点を明らかにしました。コロイドとはメソスケールの粒子が分散媒中に分散した状態のことで、例えば歯磨き粉も、固体粒子が分散したコロイドの一種です。コロイドとガラスは、基本的な構成粒子も全く異なりますが、類似した振動特性を示します。

粉体もガラスやコロイド同様に、粒子が不規則に並んでいるという共通点があるため、それらの性質は似ているだろうと思われてきました。ところが私たちの研究によって、ガラスやコロイドと、粉体の性質は異なることが分かったのです。では、なぜ似ているのに性質は異なるのか。そこがとても興味深いポイントで、今後、理論的に解明していきたいと思います。

図3 コロイドと粉体の振動特性
図3 コロイドと粉体の振動特性
力を加えたときに、粒子の色が赤いほど周囲の粒子と同じ方向へ運動し、白いほど周囲とは無関係な方向へ運動する。理論と数値計算による研究の結果、コロイドはさまざまな方向に運動する粒子が多いのに対し(左)、粉体は周囲と同じ方向へ運動をする粒子が多く“ウエーブ”を起こしやすいことが分かった(右)。 出典:Koyama, Shihori and Oyama, Norihiro and Mizuno, Hideyuki and Ikeda, Atsushi.
Enhanced collective vibrations in granular materials. Soft Matter, 2025, 21, 3957-3964.
https://doi.org/10.1039/D5SM00141B
ライセンス:CC BY-NC 3.0 Unported
似ていると思われていた
ガラスと粉体の性質が異なることが分かり、
研究の視野が広がりました。

── 原 雄介 氏
原 雄介 氏

30年来の論争に一つの答えを出した


── ガラスの動的性質についてはどのようなことが分かったのですか。

大山:私たちの最終目標は粉体の動的性質を理解することです。その前段階として、まず静的性質の理解が進んでいるガラスの動的性質、つまりガラスができる過程の過冷却液体の性質を調べる研究を行いました。

過冷却液体には、「動的不均一性」が普遍的に見られます。それは、よく動く粒子が局在するという性質です図4。そして、その性質が生じる理論仮説が30年前ごろから複数提案され、どの仮説が正しいのか論争が続いてきました。私たちは、mdxを用いた大規模な数値計算によって、過冷却液体の動的性質についての網羅的な研究を行いました。特に、これまで分子シミュレーションによる検証が実現していなかった最新理論の検証を可能にする手法の開発も行いました。

研究の結果、過冷却液体は、液体の理論ではなく、「固体が壊れていく状態」と見なす理論の方が、動的不均一性をうまく説明できることが分かりました。mdxを活用した研究により30年来の論争に一つの答えを出すことができたと考えています。その研究成果を2026年に論文で発表しました ※ 論文情報
Norihiro Oyama, Yusuke Hara, Takeshi Kawasaki, Kang Kim
Zero-temperature Avalanche Criticality Governing Dynamical Heterogeneity in Supercooled Liquids
arXiv:2604.03573
https://arxiv.org/abs/2604.03573

Norihiro Oyama, Yusuke Hara, Takeshi Kawasaki, Kang Kim
Potential energy landscape picture of zero-temperature avalanche criticality governing dynamics in supercooled liquids
arXiv:2604.03580
https://arxiv.org/abs/2604.03580
。それでは、粉体の動的性質についても、さらさらと流れる粉体を、固体と見なす理論の方がうまく説明できるのか、そこが今後の注目ポイントです。
図4 過冷却液体が示す動的不均一性
図4 過冷却液体が示す動的不均一性
過冷却液体の中で、よく動く原子・分子のみ色付けした(赤色ほどよく動き、青色ほど動きが少ない)。過冷却液体では、よく動く原子・分子が空間的に偏在する「動的不均一性」が普遍的に見られる。

製造工程への貢献を目指して


── 研究をどのように発展させていくお考えですか。

小山:今回の粉体の静的性質に関する研究では、非弾性衝突の効果だけを相互作用に加えた単純なモデルで計算しました。実際の粉体粒子の相互作用には、さらに複雑な効果が加わります。今後は現実により近い、さらに複雑な相互作用の計算を行い、粉体の性質がどのように生み出されるのか理論的な解明を進めていきたいと思います。それには、mdxをさらに活用して大規模な数値計算を実施していく必要があります。

原:高密度粉体にどのように力をかけると、粉体が崩れて粒子が流れ出して広がるのか。動的状態はとても複雑な現象です。できるだけ単純な実験系と測定手法を開発して、理論研究と数値計算の研究サイクルに組み入れたいと思います図2下段。そのようにして、粉体の動的性質の研究にも着手していくつもりです。

大山:粉体やガラスの本質に関する理解を深め、将来的に粉体プロセスの理解や設計に資する知見として展開していくことを期待しています。

mdxを活用して粉体とガラスの
本質を理解することで
将来的に粉体プロセスの理解に
資する知見を得たいです。

── 大山倫弘 氏
大山倫弘 氏
取材・構成:立山 晃/フォトンクリエイト
撮影:吉田 号/STUDIO CAC
 ※論文情報
Norihiro Oyama, Yusuke Hara, Takeshi Kawasaki, Kang Kim
Zero-temperature Avalanche Criticality Governing Dynamical Heterogeneity in Supercooled Liquids
arXiv:2604.03573
https://arxiv.org/abs/2604.03573

Norihiro Oyama, Yusuke Hara, Takeshi Kawasaki, Kang Kim
Potential energy landscape picture of zero-temperature avalanche criticality governing dynamics in supercooled liquids
arXiv:2604.03580
https://arxiv.org/abs/2604.03580